動物がんクリニック東京

膀胱移行上皮癌の犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 犬の膀胱腫瘍の多くは悪性であり、その中でも移行上皮癌が80%と最も多い。症状としては血尿や頻尿、排尿困難など一般的な膀胱炎と同様の症状がみとめられる。病理学的悪性度にもよるが、一般的に根治は困難であり、周囲リンパ節や他の臓器に転移する場合が多い。今回、犬の膀胱移行上皮癌に対して化学療法が奏功し、長期間の進行抑制が得られている1症例を報告する。

症例

犬 ボーダーコリー 11歳10ヶ月齢 メス未避妊 主訴:かかりつけ医院での検査で膀胱壁の肥厚を認め、BRAF遺伝子変異検査が陽性であったため、精査・治療を目的に当院を紹介受診された。

既往歴:肝嚢胞

体重13.1kg(BCS3/5) 体温37.8℃ 心拍数120回/分 呼吸数100回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 一般身体検査 :特記すべき異常所見なし 胸部X線検査:特記すべき異常所見なし 腹部超音波検査:膀胱は頭側から尾側にかけて乳頭状の腫瘤が複数認められる。(図1,2)腫瘤の底部は広く、膀胱粘膜と筋層の境界は不明瞭である。両側の腎臓は正常所見であり、腎盂拡張や尿管拡張は認められない。内側腸骨リンパ節、内側リンパ節、仙骨リンパ節の腫大は認められない。肝臓では多数の嚢胞を認める。 BRAF遺伝子変異検査:陽性

診断

膀胱移行上皮癌 T1N0M0 うたがい

画像1
図1 腹部超音波検査 計測している箇所が腫瘍である

画像2
図2 腹部超音波検査 膀胱の別の部位にも腫瘍が認められる

治療

治療方法として以下のプランを提案した。 1,膀胱全摘出術+尿管移設 2,化学療法+非ステロイド性消炎剤併用療法 3,非ステロイド性消炎剤単独 ご家族は化学療法と非ステロイド性消炎剤の併用療法をご希望された。第5病日から化学療法を開始した。ミトキサントロンを3週間毎に投与し、非ステロイド性消炎剤としてフィロコキシブを1日おき1回併用した。ミトキサントロン投与による副作用も非常に軽度であり、まれに嘔吐が認められる程度である。症例の経過は良好で、膀胱移行上皮癌は維持病変で安定しており、現在9か月が経過しているが明らかな増大や転移もなく良好である。(図3)

画像3
図3 第270病日の超音波検査 腫瘍は初診時からほとんど変化を認めない

考察

 犬の膀胱移行上皮癌は症状として血尿や頻尿などの膀胱炎症状が主体であり、通常の尿検査では診断に至らないことが多い。そのため一般的な膀胱炎の治療をしても症状が治らない場合や、再発を繰り返す場合は超音波検査を実施し、膀胱に腫瘤や結石がないかを検査することが重要である。移行上皮癌は初期の段階で発見され、なおかつ膀胱全摘出などの侵襲の高い手術により根治する場合もあるが、多くは膀胱壁外への浸潤やリンパ節転移が認められるなどの進行した段階で発見されることが多く、緩和的治療が選択されることが多い。癌の発生部位が膀胱の頭側であり、尾側の膀胱三角に及ばない場合には膀胱部分切除が適応できる。本症例では腫瘍の発生部位が膀胱全域に認められたことから、膀胱部分切除は適応外であった。移行上皮癌の化学療法には様々な報告があるが、本症例で実施しているミトキサントロン+非ステロイド性消炎剤療法は代表的な薬剤である。一般的に非ステロイド性消炎剤単独では平均生存期間が約180日、非ステロイド性消炎剤とミトキサントロンなどの抗がん剤を併用した場合には約300日と報告されている。本症例ではミトキサントロンへの反応がよく、約10ヶ月経過した現在でも腫瘍の進行が抑制されていることから、今後もミトキサントロンの投与を継続し、薬剤耐性が認められた場合にはビンブラスチンやその他殺細胞性抗がん剤への切り替えを検討する。また近年泌尿器系の悪性腫瘍に対して各種の分子標的薬が奏功する研究が多数報告されており、根治できる腫瘍となる可能性があると信じている。