動物がんクリニック東京

尾側顎骨切除を実施した扁平上皮癌の犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 犬の口腔悪性腫瘍において扁平上皮癌はメラノーマについで2番目に多い腫瘍である。特徴としては局所浸潤性が強く、骨浸潤が高率で起こり、腫瘍により採食困難や嚥下障害などが起こり衰弱する経過をたどる。一方遠隔転移率は低いため、早期の段階で適切な切除が可能であれば根治が期待できる腫瘍でもある。今回シーズーの下顎尾側に発生した扁平上皮癌に対して尾側下顎骨切除を実施し良好に経過している1例を報告する。

症例

犬 シーズー 5歳 オス去勢済み 主訴:3日前に認めた口腔腫瘤。急速に大きくなっている。

既往歴:特になし

体重9.6kg(BCS4/5) 体温38.2℃ 心拍数180回/分 呼吸数30回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 一般身体検査 :口腔腫瘤は右下顎の第4前臼歯レベルに位置し、2.0×1.5㎝、乳頭状である。(図1) X線検査:特記すべき異常所見なし 超音波検査:特記すべき異常所見なし

・麻酔下で生検実施

生検時病理診断

・扁平上皮癌

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図1 下顎扁平上皮癌

治療

 第14病日 手術を実施した。術式は下顎尾側顎骨切除とし、切除マージンは2cmに設定した。まず下顎中央部の顎骨離断を実施し、下顎管内の下歯槽動脈、神経を結紮離断した。(図2)その後尾側へ粘膜や筋肉の剥離を進め、咬筋や顎二腹筋などの筋群を切離した。さらに顎関節を切開し脱臼させ、最後に下顎枝に付着する筋群を切開し顎骨を摘出した。(図3)口腔を洗浄後、粘膜下織と粘膜をそれぞれ連続縫合し閉創した。(図4)術後の経過は良好であり、術後3日目に退院した。退院後、採食や嚥下に異常は認められず、現在術後200日経過しているが、再発や転移は認められず良好に経過している。

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図2 下顎を離断し下歯槽動脈などを処理した

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図3 尾側下顎骨を切除した

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図4 粘膜下織と粘膜を縫合した

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図5 摘出した検体 術後の病理結果で完全切除が達成されていた

考察

 口腔腫瘍の治療方法は多くが外科切除であるが、腫瘍のタイプにより顎骨切除が必要な場合や歯肉だけの切除で良い場合もあるため、事前に病理診断を得ることは術式の選択や治療の範囲を設定するために重要である。口腔悪性腫瘍の外科マージンは一般的に1~2cmであり、骨では2cm以上が推奨されている。今回吻側は2cm、尾側は下顎途中での切離が困難と判断したため、下顎枝を含む尾側顎骨切除を実施した。経過は良好であり再発もないため、犬の扁平上皮癌では根治的切除には本症例のような広範囲切除が必要であるとあらためて考えられた。