動物がんクリニック東京

直腸腺癌の猫の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 猫の腸腺癌は消化管悪性腫瘍の中で2番目に多く、小腸よりも大腸に発生が多い。代表的な症状は排便時のしぶり、血便、便秘、体重減少、嘔吐などである。直腸に発生した場合は、特に粘膜便や便への鮮血付着が多く認められる。今回、直腸尾側に発生した猫の直腸腺癌に対して直腸全層プルスルーを実施し、術後1年以上再発もなく良好に経過している1例を報告する。

症例

猫 雑種 12歳 メス 避妊済み 主訴:排便時の出血と肛門から腫瘤が突出する。2週間前にかかりつけ医院にて腫瘤の細胞診とCT検査を実施したところ、腺癌うたがいと診断された

既往歴:特になし

体重3.2kg(BCS3/5) 体温38.7℃ 心拍数200回/分 呼吸数30回/分 一般状態:活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 直腸検査:尾側では肛門粘膜から、頭側では肛門から約2.5㎝の位置まで全周性に腫瘤が存在している 血液化学検査:特筆すべき異常なし 血液凝固系検査:TAT含め正常値 胸部X線検査:特記すべき異常所見なし 腹部CT検査:造影剤により増強する腫瘤が肛門から2.0㎝頭側の直腸にかけて存在している。腫瘤は全周性かつ求心性の不均一な形態で、直腸内腔は狭窄している。リンパ節に転移所見は認められない。

診断

直腸腺癌うたがい 術前TNM分類 T1N0M0

治療

 第1病日、手術を実施した。手術方法は直腸全層プルスルーを適応した。腫瘤が肛門皮膚に連続するように発生しているため、マージンとして皮膚を全周で2㎜切除し、その後は肛門括約筋を温存するように剥離、骨盤腔内の直腸を全層で引き抜いた。術前の直腸検査とCT所見で得られている腫瘤の存在位置よりもさらに2cm頭側まで直腸を引き抜いたのちに、直腸12時方向をメイヨー剪刀にて切開し粘膜面の腫瘤を確認した。腫瘤が完全に切除されていることを確認した後に、直腸切除断面と肛門側の皮膚を縫合し終了した。 術後経過は良好であり、患者の性質上長期入院が困難と判断したため第2病日に退院となった。病理検査結果は腺癌 完全切除であった。現在術後約1年が経過しているが、再発や転移はなく良好に経過している。

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図1,肛門から突出した腺癌

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図2,CT画像 肛門から約2cm頭側まで腫瘤が認められる

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図3,4 直腸を引き抜き、腫瘤が位置する部位のさらに頭側まで引き抜いたところ

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図5,直腸12時方向を切開し、腫瘤が完全に引き抜かれたことを確認。切離すると同時に縫合を行っていく

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図6,手術終了時の画像

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図7,摘出した検体

病理診断

・腺癌 完全切除 ・腫瘍細胞は粘膜筋板を超えるが、粘膜下組織や筋層への浸潤なし ・脈管内浸潤なし

考察

 猫の大腸直腸腺癌は、本症例のように血便や排便時のしぶりを呈することが多く、生活の質を著しく低下させることが多い。そのため腫瘤を切除することにより生活の質の向上を得られることが多く、治療のメリットが比較的明確である。治療としては外科切除が第一選択であり、発生部位から切除法を選択する。結腸や直腸の前方に発生した腫瘍では、開腹による腸切除吻合が適応されるが、本症例のように骨盤腔内の直腸に発生した場合には、直腸を肛門側から引き抜くプルスルー法が適応となる。プルスルー法には粘膜プルスルーと全層プルスルー法があるが、前者では直腸ポリープや直腸腺腫などの良性病変で直腸筋層への浸潤がない症例で適応となり、後者では直腸腺癌などの直腸筋層への浸潤が疑われる症例で適応となる。両手術法ともに合併症としては、一時的なしぶり、出血、直腸の狭窄などが代表的であるが、多くは一時的な症状であり、概ね1~2週間で通常の排便が可能となる。猫の大腸腺癌は手術を行った場合に、生存期間中央値が9-15ヵ月という報告がある。また術後の抗がん剤治療は有効性が明らかにはなっていないが、リンパ節転移や、筋層浸潤、脈管内浸潤などが認められる場合には適応と判断される。本症例では、腫瘍が完全切除され、粘膜下組織まで浸潤しておらず、また脈管内浸潤も認められなかったことから術後化学療法は実施しなかった。以上から猫の直腸腺癌に対する直腸全層プルスルー法は有効な手術方法であり、生活の質を向上させ生存期間を延長することのできる有用な治療法であると考えられる。