動物がんクリニック東京

口腔扁平上皮癌の猫:下顎3/4切除を実施した5例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 扁平上皮癌は猫の口腔悪性腫瘍で最も多く、約70%を占める。発生部位は顎骨、歯肉、口唇粘膜、舌などが多い。症状は腫瘍の増大に起因し、採食不良、削痩、出血、疼痛、悪臭、皮膚の自壊、呼吸困難などである。治療方法は外科治療、放射線治療、化学療法の報告があるが再発率は高く、根治の困難な腫瘍の一つである。今回下顎に発生した扁平上皮癌において下顎3/4切除を実施し良好に経過している5例を報告する。

症例

品種:雑種3例、純血種2例 年齢:12―17歳 体重:3-6kg 症状:下顎の腫大、体重減少、血液まじりの流涎など 発生部位:全例で下顎の左右どちらかを中心に発生し、舌根部領域への浸潤はなかった

検査

CBC、血液化学検査、X線胸部頭部、細胞診を全例で実施し、CTは3例で実施した 術前の組織生検は3例で実施した

治療

全例で胃瘻チューブ設置のため腹部正中切開を実施、胃の大弯部に小切開を加え20Gの胃瘻チューブを設置した。(図1)常法通り閉腹したのち、下顎切除に移行。体位は扁平上皮癌の発生位置により左右どちらかの側臥位とした。(図2)まず腫瘤発生部位の反対側下顎を1/2切除するため、下顎体を切削、下顎管内の下歯槽動静脈を処理し分断した。その後腫瘤側の下顎をマージン確保しながら軟部組織を切開し、下顎孔に位置する下歯槽動静脈を処理、顎関節周囲の筋と関節包を処理し、顎関節を離断した。(図3)その後下顎枝周囲の筋と軟部組織を剥離し、下顎3/4を一括で切除した。切除後は舌粘膜と皮膚を縫合し、終了した。(図4)病理検査結果は全て完全切除が達成されており、入院期間は2―3日、全例で自力採食は困難であり、胃瘻からのチューブフィーディングを実施している。全例で術後の経過は良好であり、術後6ヵ月から24ヵ月経過し局所再発や転移は認められていない。

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図1,胃瘻チューブ設置後の外貌

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図2,手術中の画像 左の下顎に扁平上皮癌が認められる

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図3,顎関節を離断する直前の画像

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図4,摘出した検体 下顎全体の3/4が切除されている

考察

 猫の口腔扁平上皮癌の治療として、外科治療では下顎の片側切除などが報告されているが、局所再発は約50%で認められている。一方本症例群のように下顎全体の3/4以上を切除した研究では完全切除した多くの症例で再発が認められず、良好な成績が報告されている。以上のことから猫の扁平上皮癌では外科治療により完全切除が達成できた場合には予後が改善することが示唆される。本症例群の術式である下顎3/4切除では術後に自力での採食飲水は困難になることが予想されるため、胃瘻チューブの設置は必須である。また術後は流涎などによる頸部の汚れ、胃瘻設置部位の定期的な清拭などのケアが必要になる。さらに栄養管理には自宅でのチューブフィーディングが必要となるため、ご家族の自宅での適切な管理が必要である。以上のことをふまえても猫の口腔扁平上皮癌において、下顎に発生した限局性のタイプの場合、本術式を用いることによって長期的な予後が期待でき、実施したご家族はその経過に非常に満足されている。しかし、本術式は舌根部、上顎、口唇皮膚などに発生した扁平上皮癌には適応困難なことから、猫の扁平上皮癌におけるその他の有効な治療法も検討していく必要がある。