動物がんクリニック東京

口腔メラノーマの犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 犬の口腔悪性腫瘍の中で、約35%がメラノーマであり最も発生率が高い。口腔メラノーマを発症しやすい犬種としては、コッカースパニエル、ダックスフント、プードル、ゴールデンレトリーバーなどが知られている。日本では特にミニチュアダックスフントの飼育頭数が多いため、ミニチュアダックスフントに最も多く認められている。症状は口からの出血、口臭、嚥下障害、流涎などが多く飼い主が腫瘤に気が付き受診することが多い。今回、上顎歯肉粘膜に発生したメラノーマに対し、上顎骨部分切除を実施した犬の1例を報告する。

症例

犬 フレンチブルドッグ 12歳 オス 主訴:かかりつけ医院にて左上顎第4前臼歯の歯肉に腫瘤を認めたため、紹介受診された。

既往歴:アトピー性皮膚炎

​体重12.3kg(BCS3/5) 体温38.8℃ 心拍数120回/分 呼吸数56回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 一般身体検査 :特記すべき異常所見なし

腫瘤は左上顎第4前臼歯の歯肉レベルに認められ、1.8×1.5㎝であった。表面は黒色であり、境界明瞭であった。 胸部X線検査:特記すべき異常所見なし 初診日に無麻酔にて腫瘤の生検を実施した

診断

悪性黒色腫(メラノーマ)

治療

第20病日、上顎骨部分切除を実施した。切除マージンは腫瘤から1cmと設定し、歯肉粘膜および顎骨、硬口蓋を一括で切除した。 (図1~5)術中から麻酔覚醒も良好であり、日帰りとなった。 病理結果はメラノーマ、完全切除が達成されており、有糸分裂指数は2/10hpfであった。術後100日現在、再発転移もなく経過良好である。

画像1
図1 術中写真 歯肉に腫瘤を認める

画像2
図2 1㎝マージンを確保し切除している

画像3
図3 顎骨と硬口蓋を含め切除した

画像4
図4 頬側粘膜フラップにて欠損部を再建した

画像5
図5 摘出した検体

考察

 犬の口腔メラノーマの予後因子には、腫瘍の大きさ、ステージ、有糸分裂指数、腫瘍の位置、色素の有無などがある。特に腫瘍の大きさは飼い主が気付くことのできる項目であり、2cm未満のステージ1の段階で治療ができれば予後が向上するため、自宅での口腔内観察が重要である。ステージ1、2、3の症例の術後生存期間中央値はそれぞれ18ヶ月、6ヵ月、および 3ヶ月と報告されており、より小さい段階で適切な外科治療を受けることが重要である。本症例では腫瘍のサイズが2cm未満であり、完全切除であったこと、また有糸分裂指数が2と低いというように、良好な予後因子だったことから、今後も長期的に再発や転移を起こさないことが期待できる。また近年犬のメラノーマに対する遺伝子療法やがんワクチンの併用療法が各国で研究されており、飛躍的に予後が改善している症例も多く報告されてきていることから、今後臨床の現場でもこれらの治療が使用可能になることが望まれる。