動物がんクリニック東京

胸腺腫に随伴した剥離性皮膚炎の猫の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 胸腺腫は猫の前縦隔領域に発生する代表的な腫瘍の一つである。症状としては腫瘍が大型になることによって、呼吸促拍、努力呼吸、食欲不振、顔面のむくみなどが認められる。また胸腺腫による腫瘍随伴症候群として猫では剝離性皮膚炎が最も多いと報告されている。今回胸腺腫による剝離性皮膚炎と診断し、外科摘出を行った猫の1例を報告する。

症例

猫 雑種 12歳 オス 主訴:難治性の皮膚炎のため諸検査を実施したところ、前縦隔領域の腫瘤を認めた。プレドニゾロンなどの治療にも反応せず、精査治療のために紹介受診された。

既往歴:特になし

体重5.85kg(BCS3/5) 体温39.0℃ 心拍数120回/分 呼吸数40回/分 一般状態   :活動性50% 食欲50% 意識レベル 正常 一般身体検査 :皮膚は広範囲にわたり鱗屑と苔癬化を伴った結節を認める、被毛は束状に脱毛し、表皮の剥離を伴う。頭部では耳介、耳道皮膚の肥厚を認める。(図1)

胸部X線検査:前縦隔領域に4*2cmの軟部組織腫瘤を認める。(図2) 胸部超音波検査:境界明瞭な腫瘤を認める、内部は混合エコー所見であり、一部で嚢胞を認める。

診断

胸腺腫による剥離性皮膚炎

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図1 剃毛した領域に、鱗屑と苔癬化を伴った結節を認める

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図2 胸部X線 心臓の頭側に腫瘤を認める(赤丸)

治療

第7病日、胸腺腫摘出を実施した。アプローチ方法は左第4肋間開胸術とした。腫瘤は心臓の頭側に位置し周囲の組織と軽度に癒着をしていたが、容易に剥離可能であった。胸腺腫の被膜外をバイポーラにて処理し、一括で切除した。摘出後は生理食塩水によるエアリークチェックを行い、ドレーンを設置し常法通り閉胸した。術後の経過は良好で手術から2日後に退院した。現在手術から約3ヶ月が経過するが、脱毛した被毛は徐々に生え、全身の皮膚剥離は軽度に改善してきたが、いまだに過角化傾向は強く、定期的な薬浴による皮膚ケアを実施している。(図3~6)

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図3 術中所見 鑷子で把持している組織が胸腺腫である

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図4 摘出した組織

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図5 術後 7日目のX線 腫瘤は確認できない

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図6 術後3か月 発毛が認められる

考察

 胸腺腫の外科アプローチ方法には、主に胸骨正中切開、肋間切開の2つがある。当院では大型で胸腔片側からの操作では摘出が困難と思われる場合には胸骨正中切開を選択し、一方比較的小さい腫瘤の場合には肋間切開を選択している。本症例では肋間切開を行い、胸骨正中切開に比べて手術時間が短縮可能であった。剝離性皮膚炎は猫の胸腺腫に随伴することが多い症状で、明確な原因はわかっていないが、胸腺腫から産生される自己抗体により皮膚に障害を起こすと推察されている。内科管理としては免疫抑制剤であるプレドニゾロンなどが用いられるが、反応に乏しい場合は外科治療が推奨される。胸腺腫は再発を起こす可能性があり、その場合皮膚症状や他の随伴症候群が発症する可能性があるため胸部X線などの定期検診が必要である。