動物がんクリニック東京

猫の乳がんの1例「早期発見の重要性」

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 猫に発生する悪性腫瘍の中で最も多い腫瘍が乳がんである。猫の乳腺腫瘍は90%以上が悪性であり、良性乳腺腫瘍が多い犬とは大きく異なる。また猫の乳がんの悪性度は高く、初期からリンパ節転移や肺転移を認める症例も多い。今回初期の段階であるステージ1の猫の乳がんにおいて、片側乳腺全摘出術を実施後、抗がん剤感受性検査を実施した症例を報告する。

症例

猫 14歳6ヶ月 メス避妊済み(避妊は1歳の時実施) 主訴:7日前に下腹部に皮膚腫瘤を認めた。当院での精密検査と治療のため紹介受診された。

既往歴:特になし

体重4.65kg(BCS4/5) 体温38.6℃ 心拍数200回/分 呼吸数30回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 一般身体検査 :粘膜色ピンク CRT<1sec 体表リンパ節腫大なし 左第2乳頭領域に1cm大の腫瘤が複数集まって認められる。 胸部X線:特記すべき異常所見なし 腹部超音波検査:特記すべき異常所見なし 血液検査:特記すべき異常所見なし 細胞診:血液成分を背景に、上皮系細胞の集塊を認める。この細胞は明瞭な核小体を1~2個持ち、核クロマチンは微細である。(図1)

診断

猫 乳腺腺癌 ステージ1

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図1 乳腺腫瘤の細胞診

治療

 第5病日 左乳腺全摘出術を実施した。尾側は鼠径リンパ節、頭側は腋窩リンパ節を含めて一括切除した。術後の経過は良好であり、入院翌日に退院した。病理結果は乳腺単純癌、グレード2、完全切除であった。また摘出したがん細胞を用いた抗がん剤感受性検査にて、ドキソルビシンに対する感受性がやや認められたが、カルボプラチンに対しては抵抗性が認められた。手術から14日後に抜糸を行い今後は定期検診を実施する方針となった。(図2~5)

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図2 手術写真 点線で囲った部分に乳腺腫瘍がある

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図3 切皮

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図4 片側全摘出を実施した

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図5 縫合後

考察

 猫の乳がんは発生に女性ホルモンが関連していることが分かっており、早期避妊手術で予防ができる腫瘍の代表である。避妊手術を6ヵ月齢未満で実施した場合発生率は91%低下し、7~12ヵ月齢では86%、12~24カ月齢では11%低下する、しかし24か月齢以降に実施した場合は発生率は低下しないと言われている。つまり避妊手術は12カ月齢未満で実施することが乳がんの発生予防に重要である。  また発生した場合には、早期発見が非常に重要であり、特に乳がんの「大きさ」は重要な予後因子である。大きさが2cm未満のステージ1の場合、平均生存期間中央値が4.5年以上であるのに対し、3cm以上では約6ヵ月で死亡してしまう症例が多くなる。本症例は1cmで手術を実施できたことから、長期的な予後が期待できる。さらに猫の乳がんの手術方法では、「片側乳腺全摘出」または「両側乳腺全摘出」が推奨されており、これは乳腺の部分切除よりも再発率が低く、生存期間も延長することが報告されているからである。このように猫の乳腺腫瘍は犬と違い、悪性度が高いことからその性質や治療法、予後が大きく異なり、注意が必要な悪性腫瘍のひとつであり、また避妊手術で予防ができる腫瘍である。  猫の乳がんに対する術後化学療法(抗がん剤)はステージや、がんのグレード、リンパ節転移などの状況によって実施するか判断する必要がある。その中で今回実施した「抗がん剤感受性検査」は摘出したがん細胞を培養して、そのがん細胞にどのような抗がん剤が効果があるかを判定する検査であり、事前に効果予測がある程度可能である点が非常に優れた検査であり、抗がん剤を選択するうえで有効な検査である可能性が示唆されている。