動物がんクリニック東京

肛門嚢アポクリン腺癌の犬の1例

動物がんクリニック東京  池田雄太

はじめに

 肛門嚢アポクリン腺癌は犬の肛門嚢(肛門腺)周囲に発生する代表的な悪性腫瘍の一つである。未去勢のオス犬に多い肛門周囲腺腫は肛門周囲の皮膚表面に盛り上がって発生することが多いが、肛門嚢アポクリン腺癌は肛門嚢が位置する皮下に発生するため、外側から見ても気が付かないことが多い。進行すると大型になり、排便障害や高Ca血症などの特徴的な症状を表すようになる。今回、リンパ節転移を伴う大型の肛門嚢アポクリン腺癌の犬の1例を報告する。

症例

トイ・プードル 10歳10か月 オス 去勢済み 主訴:2週間前にトリミングの際に肛門右側の腫瘤を指摘され、かかりつけ医院で検査をした。細胞診の結果、肛門嚢アポクリン腺癌がうたがわれ精査治療を目的に当院を紹介受診された。 既往歴:特になし

​ 体重5.5kg 体温38.4℃ 心拍数160回/分 呼吸数30回/分 一般状態   :活動性100% 食欲100% 意識レベル 正常 排便     :良好便だが扁平な形状である 一般身体検査 :体表リンパ節腫大なし 肛門腫瘤   :肛門の4時方向には5×4.5×4㎝の皮下腫瘤が認められる。腫瘤により肛門は左側に変位している。(下図) 直腸検査   :仙骨リンパ節腫大 レントゲン検査:腹部では直腸が腹側に圧排されており、内側腸骨リンパ節の腫大が疑われる 腹部超音波検査:内側腸骨リンパ節1.6㎝、下腹リンパ節1.6㎝、仙骨リンパ節2.0㎝にそれぞれ腫大している 腫瘤細胞診  :軽度から中程度の異型性を伴う上皮系細胞がシート状に認められ、一部では裸核の細胞も確認される。

診断

・肛門嚢アポクリン腺癌 ステージ3a(Polton分類)

治療

 第8病日 腫瘤摘出を実施した。肛門付近の手術は重度の疼痛を伴うため、硬膜外麻酔を実施した。腫瘤は坐骨や尿道構成筋、肛門括約筋と癒着していたため、慎重に剥離を実施し、重要な解剖を保護しながら切離した。腫瘤の内側面では採取的に肛門嚢の導管を同定し結紮離断した。腫瘤は直腸粘膜への浸潤はなかったため、直腸穿孔は起こらなかった。摘出後は生理食塩水で洗浄し、閉鎖した。  経過は良好で手術から3日後に退院した。術後排便障害は認められず、正常な太さの便が排便できるようになった。

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病理診断

肛門嚢アポクリン腺癌

考察

 犬の肛門嚢アポクリン腺癌は転移性が高く最終的には約80%の症例でリンパ節転移や肝臓、脾臓、肺などの遠隔転移を起こす。しかしその進行は比較的緩やかであり、転移があっても急速に状態が悪化することはまれである。本症例では初診時に腸骨リンパ節群に転移を認めたが、排便障害の原因はリンパ節ではなく肛門の原発部位と判断したため、リンパ節切除は実施しなかった。肛門嚢アポクリン腺癌は約25%の症例で高カルシウム血症を発症する、これは癌から分泌されるPTH-rpというホルモンが原因となる腫瘍随伴症候群であり、カルシウム値が重度に上昇した場合には重篤な状況におちいるため、早急な対応が必要である。本例では高カルシウム血症は認められなかった。  腫瘍の摘出に際し、肛門周囲は排便に関わる重要な筋肉や神経が走行しており、それらの損傷により術後の便失禁や尿失禁が発症するため、慎重な外科手技が必要である。